ひとりごと日記帳

ひとりごと

8月27日

 何の変哲のない日常であっても、それを記録することには意味があるかもしれない。多分あんまりないけど。

 

 今日も14時前に起きた。眠りに就いたのが明け方だったから仕方がない。生活リズムがかなり後ろにズレているが、その状態で安定しているともいえる。

 

 今日は刑法総論の共犯の辺りの学習を進めた。それなりに面白いものであった。

 

 一日に一回は外に出ようということで、たまに行くスープカレー屋さんまで晩御飯を食べに行った。ハバネロ入りのものを注文したが、さして辛くはなかった。その後は特に何をするでもなく帰宅した。雨が降っていたのだ。

 

 遠くにいる恋人とはそれなりに時差はあるが、さほどストレスを感じることなく上手くやりとりが出来ている。良い時代になったものだなあと思う。

 

 今から寝るまでの間は、勉強の続きをしよう。

8月26日

 目が覚めたのは13時半頃だっただろうか。明け方まで夜更かしをしていたせいで、午前が消えて無くなってしまった。そこはかとない罪悪感と共に一日が始まる。

 

 今日は憲法行政法と刑法の短答問題集を少し進めた。きちんとした勉強を始める前段階としてのものに過ぎないが、少しずつ進んでいる。この調子で理解を深めていきたいと思う。

 

 夕方前から駒場に行って、バルトの本を借りた。こちらも少しずつ進めていきたいと思う。

 

 今週末はバイト先でバーベキューが企画されるらしい。大人数でわいわいするのはとても久しぶりで、もちろんこの夏初めてのことである。僕にとってはそういった機会は稀なので、折角だからはしゃいでもいいかなと思っていたり。

 

 背筋をピンと伸ばす走り方でランニングをしたら、途中から腹筋がかなり痛んだ。腹筋がなまっているのもあるし、近頃は足に過剰に負担のかかる走り方をしていたのかもしれない。意識して矯正しようと思う。ちなみに今日はPRINCESS・PRINCESSを聴きながら5kmほど走った。

 

 自分の思考を上手く言語化できないのは、単に技術的な問題によるだけではないのだろう。が、とりあえず技術的な問題によるのだと想定しないことには進歩がないのもまた然りなのだろう。

8月25日

 今日は夕方までゴロゴロしていた。やるべきことが無いわけではないのだけど(大学関係のこと)やる気がしないし、サークル等の所属している団体もないから人と会う機会もないし、その必然的な帰結として、ベッドでまどろむに任せていた。

 

 ずっとそんなことばかりもしてられないので、少し出かけることにした。カフェで1時間程度勉強しているとやる気が湧いてきたので、帰宅してからも暫く続けることにした。それなりに捗ったし、そこそこ満足している。

 

 自分一人でいると、特にやりたいこともないし、かといって団体に所属することの負の側面である様々な煩わしさも出来れば御免願いたい。そしたら自分一人でじゃあ何が出来るかというとそれはもう勉強するしかないわけで、人に教わらずに何を勉強出来るかというと、勉強のやり方が方法論的にある程度確立された体系だったものになるわけ。そういった勉強は、8割方は自己満足に過ぎないにしても、ちょっとずつ進歩していることが客観的に確認できるわけで、僕の精神衛生はほんの少しばかり良い状態で日々保たれるという寸法。

8月24日

 久しぶりに朝早くに目を覚ました。早いといっても10時だから基準が遅すぎるだけなのだが、多少無理をしてでも早寝早起きの生活リズムに戻していくと良い事がありそうだ。

 

 今日も手持無沙汰だった。手持無沙汰と漢字5文字で書くと全然てもちぶさたな感がないが、甲子園の準決勝2試合を見てるようで見ていなかったり、勉強道具を開くだけ開いたりしていただけで、意識がはっきりしてるのだかしていないのだか良く分からない状態であった。ここ数日ずっと誰かと行動を共にしていたからか、一人の時間を持て余してしまった。

 

 何かしようと夕方から髪を切りに出かけた。いつも通り裾を短く切ってもらってサッパリした。せっかく外出したものの他に特にすることもなく、部屋に帰ってぼーっとしていたらこんな時間。一日が終わってしまいそうである。

 

 夜になると不安な気分になって眠れないことがよくある。昨日がそうであった。不安というよりは居たたまれないというべきか。頑張らなくちゃと思うのだけれども何を頑張ればいいのかはよく分からない。誰かと一緒にいられたら少しは安定するのかもしれないのだけれど、逃げたいときは一人で逃げたらいいのかもしれない。

8月23日

 8月1日から8月18日までの18日間は東京を離れていました。仕事も勉強もなく、のんびりと過ごすことができました。

 

 恋人と一緒に島を訪れ山を越え花火を眺め美味しいものを食べました。その後は実家で引き続き穏やかな時間を過ごしました。2年ぶりの家族旅行で岐阜の長良川の辺りまで車で出かけました。美味しいものを食べ、新しく河出文庫から出た高橋和巳の『邪宗門』を読み耽りました。家では母親の出してくれるカルピスを飲みながら甲子園の試合をテレビで見ました。久しぶりにやる携帯用ゲームは、昔ほど楽しめませんでした。

 

 東京に戻ってからは、2泊3日で友人の家でテレビゲームをしていました。中古で108円で買った『鬼武者』を二人で進めました。2000年に出たゲーム(ということはもちろん14年前のゲームです)の割にはグラフィックがなかなかに美しく、戦闘で相手をズバズバ切るのは爽快感がありました。カメラのアングルが悪いのと、3Dなのに移動が十字キーでカクカク動くしかなかったので、途中のボス戦ではとても苦労したのですが、それも含めてそれなりの難易度でそれなりにホネのあるゲームで楽しめました。『鬼武者2』は自分でやる時間はなさそうなので、昨日実況プレイ動画でどんなゲームなのかを見ました。

 

 今日は久しぶりに東京に戻ってから一人で過ごす時間だったので、雑事をこなしました。返却期限の迫っていた本を図書館に返して、レポートを書くのに必要な本を2冊借りました。グラニフでTシャツを2つほど買いました。かわいらしいのを手に入れることができました(近頃はあまり服装に気を付けていなかったので、新しく服を買うのは数か月振りです)。カルディで僕の好物であるドライ・マンゴーを500円で仕入れて、古本屋さんで岩波文庫の『谷崎潤一郎随筆集』を見つけて買いました。晩御飯にはよく行くお店でチキン南蛮定食を食べました(相変わらず美味しかったです)。今日最後の買い物は、近所のドラッグストアーで買ったボディ・ソープ(詰め替え用)と洗顔クリームでした。

 

 帰り道で雷が鳴ってきたから、やれやれまた夕立か、と思っていたら、どうやら多摩川の花火大会の仕業だったようです。こんなところまで打ち上げの音が届いたんだと驚きながら、5年前に友人たちと二子多摩川まで繰り出した時のことをふと思い出しました。

 

 今日は今からもう少し読書をして、行政法の勉強をもうちょっとだけ進めようと思います。

アイニージュー

 今朝は8:00と8:10と8:25のアラーム三連弾を華麗にスルーしての寝坊で、その帰結、仕事に遅刻してしまいました。幸いさほど遅刻に五月蠅くない職場であるためしばらく立たされたりだとか反省の弁を述べたりだとかということもなく、何事もなかったかのように一日の仕事が始まったのでした。そして今日は1時間だけ残業をして、家に帰ってのんびりしています。

 

 先ほど鞄の中身を見てみたら、そこにあるはずの筆箱がありませんでした。ということは、職場に忘れたのかもしれません。でも今日は筆箱を取り出した記憶がないのです。はたして何処にいったのやら。今までの人生で幾度か筆箱をなくしてきましたが、筆箱が手元にないと妙に不安な気持ちになります。例えばスマホや財布を無くすと「嗚呼やってしまったどうしよう先ずどこに連絡をすればいいのやらああ自分の馬鹿ほんとにもう」ともっともっと強く焦燥し場合によっては恐怖すら感じますが、筆箱を無くしてもそこまでの状態には陥りません。経済的損失なんてものは一式買いなおしたところでせいぜい3000~5000円くらいのものでしょう。おニューの筆記用具が揃ってかえって気分が変わって良いかもしれない。

 

 でも、どうしてなんでしょう、この自分の分身を無くしたような心持。あくまで「ような」なので、前述のようにオオゴトではないのですけど、やはりそうはいっても、こいつがいないと僕は現実的にではなくて精神的に少し困る。安物のペンくらいしか入っていない筆箱だけど、それでもやっぱり僕の大事な一部だったんだなあと無くして初めて思いを馳せるのです。反省。

 

 ぜんっぜん知らない赤の他人と全く偶然に出くわして少し話し込んでみたい。そういう欲望が自分には常に存在していて、でもそれは決して充たされることが無い類の欲望で。よく知っている友達のこともそんなに知らないのだけど。

 

 にしても今日はお昼のトマト・スパゲッティ(大盛)がしんどかった一日でした。

 

 あなたは運命の人なのか否か。どっちなのでしょう。